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「大人」に関する考察

今週成人式があったから、というわけでもないのだが、『大人』という言葉について考察を加えてみたい。といっても「大人」(おとな)のことではなく、韓国の歴史ドラマでよく使われる呼称についてである。

たとえば、ドラマ「朱蒙」では、宮殿から抜け出し卒本(チョルボン)へと向かうユファとイェソヤを助けようとしたのがチョン大人(たいじん)であったし、ヤンジョンに続いて朱蒙の宿敵となった漢の皇帝の外戚ファン・ジャギョンは、ヨンポなどからはファン大人と呼ばれていた。

ドラマ「ヨンゲソムン」では、ヨンゲソムンを新羅から隋へ引き取り、後に養親となったワン・ビン(隋の宦官)も『大人』(字幕ではテイン)と呼ばれていたし、隋から高句麗へ戻ってからのヨンゲソムンやその養父(ヨソンの父)などもしばしば『大人』と呼ばれる。(本日の回を見ていたら、ソヨンが夫であるヨンゲソムンに使う呼称も字幕では「旦那様」だったが音は明らかにテインだった)

ここで使われている『大人』という言葉は、もちろん現在日本で成人の意味に使われている「大人」とはまるで意味が違う。日本では法律に定められているから二十歳になれば誰でも「大人」になれるわけだが、かつては誰もが『大人』になれたわけではない。というよりはむしろ、かなり限定された、ごく一部の人物しか『大人』と呼ばれることはなかったのだと思う。

「小人閑居して不善を為す」というコトワザがあるが、この『小人』の対極にあるのが『大人』と見てよい。 バスや電車の運賃で大人・小人という表記が使われることはあるが、一般に「おとな」の対義語といえば「こども」なのであって、『小人』とは、よく言えば一般人・凡人、悪く言えばろくでもない人物のことである。とすれば『大人』とは、本来、聖人君子もしくはそれに匹敵する人物のみに使われる言葉なのだろう。 (韓国ドラマを見る限り、少なくとも王族や貴族のランクにないと使われない表現だと思われる)

『大』という言葉は、biglargeを意味するのではなく、本来は尊称としての意味合いが強かったのだと思われる(ここ重要なポイント)。だから、ドラマ中式典などで「大高句麗」という言葉が使われるのは、必ずしも高句麗が広大な領土を持つということを言っているのではなく、「偉大なる高句麗」ぐらいのニュアンスなのだろう。わが国が以前使っていた「大日本帝国」という言葉もおそらくは同様な趣旨で使われていたのではないか。(この狭い島国が「大きい」わけないからね)

ちなみに、どうでもいい話だが滝澤は自分の成人式の当日はK塾の試験監督のバイトだった。成人式には出席していないのである。だからいまだに大人になりきれないのか(ほっといてくれぃ)。

 


カテゴリ
歴史考察
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